第53回〈暮しの中の看取り〉準備講座
~「聴く力」を養うシリーズ第10弾~
家族を看取って、今思うこと

今回は、日米で宇宙・素粒子研究を進める理論物理学者の村山斉先生をお迎えして

ご自身がお母様を見送られた経験とそこから感じたことをお話しくださいました。

くみサポの活動にいつもご参加いただいている全国のみな様、そして、普段は宇宙に関心のある村山先生のファンの方にもたくさんご参加いただきました。
宇宙と看取り、村山先生だからこその解釈に、なるほど!と思った参加者は多かったと思います。

みなさんはどのような感想を持たれたでしょうか。まずは参加者のみなさまからいただいた感想をご紹介させていただきます。
*活動報告はくみサポのメンバーがじっくりと作成中です😊

 

亡くなって姿は見えなくなるけれども物質的には無くならない。この宇宙のなかでチリのひとつとして漂い新たな姿に変わりうるという宇宙物理学者らしい捉え方にも共感できました。一方で、意識という無形のものはどこに行くのだろうという新たな問いが生まれました。

 

初めて参加された方で、もっと早くこんな場があることを知っていたらとお話ししてくださった方がいらっしゃいました。くみサポさんのこの取り組みが、全国それぞれの地域で繋がって生まれたらいいなぁと思います。自分もそのひとりになれるように頑張りたいです。素晴らしい方々とお話が出来て、本当に感動しました。私も死ぬのは怖くない、後悔が無いと言える人生を今、生きようと感じました。

 

看取り看護や介護を大切に考えている事業者、団体が全国でどこにあるのかわかるようなサイトがあればありがたいなと思いました。また、実際は事案がなければこういった事業所さんと関わりをもつ機会がないのが現状かと思いますが、何かが起こる前からコミュニケーションがとれる環境があればいいなと感じました。

 

当事者の力って素晴らしいと思いました

 

境遇は違えど、村山先生の辛さに共感し、ディスカッションしやすい雰囲気でした。短い時間で全ては話せませんが、口に出して自分の気持ちを整理し、村山先生の穏やかさに前向きな気持ちになった人も多いと思います。

 

村山先生のお話を聞き、自分だけではない、迷いや後悔は誰にもあるということを改めて確認した。また、後悔なども含め自分の気持ちを認めながら折り合いをつけながら生きていく事が人生なのだと感じました。避けるのではなくできる範囲で向き合っていくこと準備しておくことが助けになると感じました。また、できるだけ自分はどうしたいか、家族はどうしたいかを普段から話しておくことの大切さも感じました。

 

生前いかに時間を共有してお互いの思いを伝えられるか そんな場を死に対してもっと考えて話すことが大切であり、その様な場も必要だと思いました。

 

老いや病で介護(サポート)が必要な状況にあっても、ひととの「縁や出会い」が大きな助けになること。それは、当事者を中心に家族皆の人生を結び直す事にもなると感じました。そのご縁も、ただ待つのではなく掴みに行くことでつながってくる、というのが響きました。また、村山先生の「人は死を迎えても、物質としてはどこかで存在し続ける」という物理学者としての言葉も、現実的な存在感としてあり続ける!と初めて知った感覚でした。そしてまた何かの形で返ってくるという言葉、現実的に「無」ではないことが、何かほっとするような心に響く内容でした。

 

死に対してもっと考えたり話すことが大切であり、その様な場も必要だと思いました。

 

家族間において意思の確認や気持ちを聴く事、話すことはなかなか難しい。第三者の存在があるといい。地域から看取りが消えて、病院で看取るという流れがあり「看取り」自体が自分事ととらえにくくなっている。漫画やドラマ等なんでもいいが、身近な例を通して一緒に考えてみる機会をもってもいいかもしれない。

 

村山先生のお話しから学べたことは多くありましたが、特に次の2点は印象深く思いました:①「死に目に会う」より「生前、元気な時や話が出来る時などに、時間を共有できると、本人も周りの人もよかったと思える、納得するのではないかとの言葉には、自分でも以前からそう感じていたのでとても共感しました。②精神的に落ち込んだ時どう乗り越えていくかについて、自分の歩みを自分で振り返った、辛い経験も認めたと話されていたことには、とても勇気を頂きました。

 

大変有意義な時間でした。全国から様々な環境の皆様と時を同じくし、漫然とした不安感、看取りを大切に扱ってくれる地域で最後を迎えたいなど、様々な想いを聞けて自分だけではないと力を貰えたように思います。村山先生と看取りというテーマも大変興味深く、また宇宙のお話同様に大変わかりやすくシェア頂けたことに感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

 

本日の村山さんのセミナー大変興味深く拝聴いたしました。 私自身、大学院の博士課程の学生時代に村山さんと同じ理論物理の研究をしていたので、その頃からすごい研究者がいるということで、村山さんのことは存じ上げておりました。私自身は、大学院卒業後、証券会社、大学の生物系研究室、ベンチャーなどを経て、現在は製薬会社でがんや精神疾患の治療のための物理学やコンピューターを使った基礎研究のようなことをしております。私の父親は最近、認知症の治療を始めました。幸いなことに両親とも現在介護が必要な状態ではありませんが、いずれそういう時が来るだろうということと、私の出身分野の研究者の経験の話を聴くことができるということで今回参加させていただきました。村山さんが物理学者であるということよりも、普段の研究の話とは異なるご自身の人間的な話を聞くことができるいい機会となりました。私ごとですが、最近、大学院時代の指導教官ががんで亡くなりました。亡くなる半年ほど前にメールのやり取りをしていて、がんを患っていることは存じておりました。仕事でがんの研究をしていることは伝えていたので、私にも知らせてくれたと思うのですが、がんの発生のメカニズムなどには詳しくなっても、実際の患者に接してみると医療面のことは自分では何もできないことを知り、自分の無力さを痛感した体験となりました。村山さんもうつ病に罹ったとおっしゃっていましたが、私も大学院卒業後、物理学の研究から離れたショックと証券会社の仕事が肌に合わなかったことが原因で精神病を患い、二度ほど入院を経験しました。この経験が現在、私が製薬業界に身を置いている大きな理由となっています。今日のお話で、村山さんがクリスチャンであることを知り、死生観などを伺い、著作などを拝読する中でも他の物理学者とは異なるなにか人間的な温かみのようなものが感じられた理由が分かったような気がします。ちなみに、私も人間原理は嫌いですとお伝えいただけたらと思います。そうお伝えいただければ通じると思います。末筆ながら大変意義深い貴重な機会を設けていただけたことに感謝申し上げます。本日は、本当にありがとうございました。

 

村山先生は以前テレビですべのことは数式で表すことができるとおっしゃっていました。物理学者として世界のトップにいらっしゃる方も人とのつながりや運などのめぐりあわせのお話が、「先生も同じなのだ」とうれしく思いました。

 

物理学者の村山先生に死生観を伺うことができて本当に貴重でした。私は、意識や気持ちは電気信号化学反応だし死も物質が循環していくものの流れの一環と(それ以上であってほしいと思いつつも)今わかっていることからは理解せざるを得ないところ、そういった科学的な事を踏まえつつ科学者がどう死を捉えているのか、しかも尊敬する村山先生に伺えたのはまたとない歓びでした。話題になかなか出来ない事柄ですが生き物としてとても大切な事です。 乾燥していた心の内側にクリームを塗って頂いた心持ちでした。 子どもの頃のお母様のご経験を共有していただきました。どんな想いを抱えてこられたのか言葉になりませんでした。場の皆様は心の固い栓をポンと抜いて心の内を解放できたと感じました。 村山先生の一般向け動画ではダークマターをお母さんに例え、お母さんに会いたいじゃないですか、会ってお母さんありがとうって言いたいじゃないですか(๑・̑◡・̑๑)という説明をしてくださいます。村山先生のお母さん愛されてるなー素敵だなーと温かい気持ちになり、且つ自分はダークマターでも村山先生のお母さんでもないのに自分も勝手に嬉しい気持ちになっていました。 この度お母様のご逝去を伺い今回の講演でお話を伺い、お母さまへの想いを強く感じました。愛おしい存在であるからこそ悩み想いを尽くされます。ここでまた私は村山先生始め会議でご自身の想いを共有してくださった皆様をお母さん側としてぎゅーっと強くハグしたいと心から思いました。お母様の言葉はまず子どもの気持ちを軽くしたいという愛が必ずあって無意識であったかも知れませんが本音をそうさせたと感じましたしお手紙もなんとカッコよくて優しいのでしょう。 治る見込みなしと急病で宣告され泣き崩れる家族に俺は大丈夫だからな、と優しく言ってくれた父の手を握ろうとしたら解けない程固く握り締められ震えていた事を思い出しました。  家族、自分自身に対しても含め、大切で愛おしい存在に向けた目に見えない力、ダークマターのように愛のマターで宇宙を満たしているなと感じました。この会を主催してくださる方々の愛のマターもかけがえのないものと感じました。 素晴らしい時間をありがとうございました。

 

きっかけは村山斉先生をとても敬愛させて頂いているということで参加させて頂きましたが、イベントの中身の濃さと「NPO法人くみサポ」の皆様のご活動に心打たれました。この様に真摯に人の生を尊び、人に寄り添って下さっておられる皆様がおられることに感動しました。以前読んでからずっと頭に残っている千葉敦子さんの「良く生きることは、良く死ぬことだ」というご著書のタイトルや内容とリンクするようにも感じました。この本に出逢ってから「良く死ぬこと」を少しは意識して来ましたが、その思いをまた今回深く持たせて頂けたことに感謝しています。村山先生のお話にも本当に感謝しています。「世界の村山先生」で日頃は宇宙の難解なテーマを分かりやすくお話下さってとても宇宙を身近に感じさせて頂いていますが、そんな村山先生がご自分のご家族のお話しや、また看取りで経験されたことをご自分のお言葉で語って下さり、とても胸に響き、また何だか自分の体験してきた辛さまでも共有出来た気持ちになれて救われました。ここ10年で自分の両親、叔母、義父母、愛犬と哀しい別れが続いたのですが、やっとその辛かった時間に一区切りつけることが出来たように思います。大したことは出来ていませんが、それぞれの最期に寄り添いながら見送った時間は自分の身体や心が辛くなった時期もあり、思うような介護がしてあげられず、見送った後から「もっと何か出来たのでは無いか?」「あんな言い方をしなければ良かった」「何故もっと優しく出来なかったのか?」等自分を責める気持ちで苦しくなったりもしていた数年でした。でも、こんな風にアノ村山先生や皆さんのお言葉を拝聴させていただくことで「皆さんそれぞれに辛い思いや色々な思いをされながら大事な人を見送っておられるのだなぁ」という事も分かり、これまでの自分の閉じ込められていた思いも俯瞰することが出来た時間になりスッキリとして前に進んで行けそうに感じています。この様な機会を与えて下さった村山先生やくみサポの皆様に心から感謝しています。本当にありがとうございました。

 

村山先生は人生も数式で表せるとおっしゃっていたかと思います。人生には予測不能なことがいろいろあり、家族を病気で失うこともそのひとつかと思います。家族を病気で失うことや看取りについてはこの数式に当てはめるとどのように解釈できるのか、そもそもそれも数式で表せるのかなど聞いてみたかったです。

 

(以上、公開に同意いただいた部分をご紹介しました。)